トキタ、それは私が今担当している患者である。
重症型アルコール性肝炎・意識消失で入院してきた50代後半のオヤジ。
要するにアル中。
ヤツは12月30日の夜入院してきて、私との初顔合わせは翌31日の日勤でだった。
出勤した私は新しく担当になっていたその患者をカルテで情報収集後、申し送りを受け、病室へ行った。
病室へ入り、ヤツを一目見て私はこおりついた。
続くのであるが、お食事中の方はご遠慮なさった方が良いと思われます。
そもそも、私は男性のひげというものが嫌いである。
どんなに整えられたひげも好きではない。
そして、野郎のロン毛もどちらかといえば嫌いなのである。
ヤツ、トキタのその風貌は浮浪者、もしくは漂流者だった。
ボサボサにだらしなく伸びた髪、それどんだけ剃ってないの?年単位じゃない?というほど長く伸びたひげ、いつ着替えたか分からないきったねー服、夜中に点滴を自分で抜きやがったためにベッドも血液やらで汚染されていて・・・。
一言で言えば、最悪に汚いのである。
ヤツを見て、こおりついて、ふと我にかえった私は、その部屋を出て、通りすがった同僚をつかまえて言った。
「だめ・・・、私、生理的に受け付けない!」
私の様子を見て、病室の中のトキタを覗き込んだ同僚も納得したようにうなづいた。
が、これは仕事なのである、わりきらないといけないのである。
私は腹をくくって、ヤツに話しかけた。
しかしヤツはアルコールにやられ頭がおかしくなっている上に、薬剤で沈静されていたため、反応はほとんどなかった。
これから私は仕事に来るたびにこいつの担当をせにゃならんのか・・・。
私は考えた。
せめてこの見るに耐えない姿をどうにかできないか・・・。
私は面会に来たトキタの妻に言った。
「頭、丸坊主にしてもいいですか?」
妻は特に気にする風でもなく答えた。
「どうぞどうぞ、やっちゃってください。」
私は午前中の仕事を終えると、同僚一人に協力を求め、バリカン、髭剃り、シーツ、病院貸し出しのパジャマ、体拭きセット一式をもってトキタの部屋に行った。
私はヤツがもうろうとしていることをいいことに、二人がかりでヤツを押さえつけると、容赦なくバリカンで頭を刈った、ひげも全部剃った。
そして着ぐるみをひっぺがし、体を拭いて、パジャマに着替えさせ、シーツを交換した。
気分はオヤジ狩りである。
体もやはり汚く、一部皮膚は真菌にやられていた。
それは主治医に軟膏を処方してもらい、対処した。
そうして、なんとか見た目はいくらか良くなった。
そんなトキタだが、日を追うにつれ、すこーしずつ、話ができるようになり、会話もいくらか成り立つまでになり、まともになっていってきている。(最初は本当に人間ではなく獣みたいだったけど)
昨日の午後などは、家族が差し入れに持ってきた雑誌を、眼鏡をかけて読んでいるのである。
その姿は、その辺のどこにでもいる普通のオヤジ。
話をしてみればやはり「トキタ」なのであるが・・・。
ひょっとしたら、ヤツはまともになる可能性があるのかもしれない。
なんだろう、ヤツの「成長ぶり(?)」を見ていたら、段々ヤツがかわいく思えてきたのである。
人間というものは不思議である。
明日、また仕事なのであるが、ヤツはどんな風になっているだろう。
もし採血の結果が良くなっていれば、主治医の許可をもらって風呂につっこんでやりたい。
ひげもそろそろまた伸びているだろう。
最近急変が多くて大変な職場だけど、ちょっとやりがいなんかを感じている今日この頃である。
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